京都探索その3 大将軍八神社→清明神社→一条戻り橋→神泉苑→鵺大明神→東洞院通り
大将軍八神社
大将軍八神社。この神社の面した通りは一条通で、こちらの商店街さんは妖怪で町おこしをされていました。「百鬼夜行資料館」なる物も神社のすぐ側にありました。
もともとの祭神は日本の神様ではなく、大将軍一神を祀っていたものが、 明治時代の「神仏分離令」によって 現在の「素盞鳴尊並びにその御子五男三女神、又垣武天皇を合祀」となり、御子八神と暦神の八神が習合して「大将軍八神社」となったぞうです。
大将軍八神社の御朱印。
清明神社
安陪清明を祀った、言わずと知れた清明神社。
鳥居をくぐるとまず旧・一条戻橋が目に飛び込んで来ます。人気の写真撮影スポットのようでした。
式神像。なんだかちょっと可愛らしい感じ。
旧・一条戻橋の説明。実際に使用されていたものなんですね~。
通りをはさんで、さらに奥に本殿があります。「今昔物語集」を読んで、高校生の時に憧れの地だったのです。
一昨年初めて念願がかないましたが、ブームに乗ったようなタイミングでちょっと不服。
清明井。これぞ「清明」というような感じです。
水を湛えた五芒星を真ん中に、丸く方位が書かれています。
清明井の説明書き。流水口が本年の恵方を向いているのだそうです。
清明神社の御朱印。
一条戻橋
道を挟んで撮影。工事中の一条戻橋。一昨年来た時も工事中だったのです。ひょっとして縁がないのかなぁ。
戻橋の説明書き。
見難いですが、一条戻橋の下側。ここに式神を隠したのですね。
神泉苑
神泉苑北門入口。二条城のすぐ近くにあります。
説明板があったのですが、だいぶ風化していてちゃんと読み取れませんでした。
池には竜神伝説を模った船も浮んでいました。アヒルやカモも沢山泳いでいました。
天長2年、淳和天皇の勅命により、弘法大師が神泉苑の池畔にて祈られ、北印度の無熱池から善女龍王を呼び寄せられ、日本中雨が降り、人々が救われた。以降神泉苑の池には善女龍王がお住みになるという事。
神泉苑内に貼られていた説明書き。小野小町とも関係があるのですね。
ここで静御前が舞を舞ったという事でした。この裏手にあるのが善女龍王社です。
神泉苑内に貼られていた説明書き。義経伝説も絡んでくるようです。
分かりにくいですが、中央にあるのが「中島」と呼ばれる浮島です。浮島なので、移動するそうです。
神泉苑内に貼られていた説明書き。謡曲「鷺」はここから生まれたそうです。
神泉苑の地図。帰宅後知りましたが、詳しい解説書を寺務所でいただけるそうです。
鵺大明神
二条城からそう遠くない二条公園の中に鵺関連の神社があります。
こちらは整備される前の公園と鵺大明神の解説碑。
鵺池伝説の解説文。
こちらも同じく解説碑の、鵺関連の画像。
復元碑。何が書いてあるかは読み取れませんでした。
そしてこちらが鵺大明神。公園の隅にこじんまりと鎮座召しましておられます。
鳥居をくぐって近づいたお社。
ちゃんと「鵺大明神」の字が刻まれておりました。感動。
東洞院通
「火車」が御所めがけて駆け上ったといわれる東洞院通です。今は何の変哲もないアスファルトでした。
一人「ここが!」と感動しながら撮影していたら、地元の方に不思議な顔で見られてしまいました。
京都探索、その3にしてやっと一日目の分の写真をUP完了です。こうしてみると、我ながらずいぶん写真を撮ったものだと思います。
2005年訪問
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