白峯神宮

京都旅行その1 猿ヶ辻→宗旦稲荷→白峯神社

京都旅行その1 猿ヶ辻→宗旦稲荷→白峯神社

 

猿ヶ辻

猿ヶ辻01

京都探索の初めは、京都御所にある「猿ヶ辻」からスタート。

猿ヶ辻02

案内標識もあったのですんなりとたどりつけました。
そして詳しい説明板も建っていました。

猿ヶ辻03

見えにくいですが、屋根の下にその「猿」がいます。

猿ヶ辻04

見えにくいですが。いますか?猿。

猿ヶ辻05

もうちょっと近づいてみました。なんとなく、猿のような物がしがみついているようにも見えます。

猿ヶ辻06

遠くにパトロールカーの姿が。堀に近づきすぎると警報が鳴るそうなのでご注意!

 

宗旦稲荷

宗旦稲荷01

京都御所を後にして、道を挟んで向かい側にある相國寺に向かいます。

宗旦稲荷02

宝物殿公開中でしたが、時間短縮の為に今回はお見送り。襖絵見たかったなぁ。

宗旦稲荷03

こちらでの目的は「宗旦稲荷」です。

宗旦稲荷04

鐘楼の裏側にありました。

宗旦稲荷05

想像していたよりも大きなお社でした。

宗旦稲荷06

可愛らしいサイズの鳥居がちょこんと鎮座。

宗旦稲荷07

江戸時代の初め頃、相國寺の境内に1匹の白狐が住んでいた。

その狐は、しばしば茶人、千宗旦(1578年~1658年)に姿を変え、時には雲水にまじり座禅を組み、また時には寺の和尚と碁を打つなどして、人々の前に姿を現していた。

宗旦になりすましたその狐は、近所の茶人の宅へ赴いては、茶を飲み、菓子を食い荒らすことがたびたびあったが、ある時、宗旦狐は、相国寺塔頭、慈照院の茶室びらきで、点前を披露していた。
驚いたことにその点前は、実に見事なもので、遅れてきた宗旦は、その事に感じ入ったという。

宗旦稲荷08

その伝承のある茶室 頤神室(いしんしつ)は、現在でも慈照院に伝えられている。
茶室の窓は、宗旦狐が慌てて突き破って逃げたあとを修理したので、普通のお茶室の窓より大きくなってしまったという。
宗旦狐は、豆腐屋の店先から油揚げを盗み、追いかけられて井戸に落ちて死んだとも、猟師に撃たれて命を落としたとも伝えられている。
化けていたずらをするだけでなく、人々に善を施し、喜ばれていたという宗旦狐の死を悼み、雲水たちは祠をつくり供養した。それが今でもこの宗旦稲荷として残っている。

-相國寺-
(宗旦稲荷 由来書きより)

宗旦稲荷09

光の加減でだいぶ見難いですが、上記の説明文が書かれていました。

 

白峯神宮

白峯神宮01

相國寺を出た後は白峯神宮へ。

白峯神宮02

ご由緒書き。崇徳天皇と淳仁天皇が祀られています。

白峯神宮03

道幅が狭くて正面から撮れなかった鳥居。

白峯神宮04

久々に、神社に入るのにどきどきしました。

白峯神宮05

もちろんお参りから。

白峯神宮06

お賽銭箱の側に、サッカー選手のサインが飾られていました。Jリーグ開幕当初の物か、懐かしい名前です。

白峯神宮07

崇徳天皇の碑です。もちろんお参りいたしました。

白峯神宮08

こちらの神社は蹴鞠と和歌の宗家である飛鳥井家の邸宅跡で、境内社には「精大明神」(けまりの神)を祀った地主社があります。

白峯神宮09

蹴鞠の碑がありました。丸い部分を回しながらお参りします。蹴鞠の神様の為、球技全般・特にサッカーにご利益があるらしいです。

白峯神宮10

こちらは蹴鞠の碑のアップ。
ちょっと見えにくくてすいません;

白峯神宮11

蹴鞠の碑の玉の部分を回すと球技上達らしいです。玉が斜めに回転するので、注意書きの「詰めないよう」は結構あなどれません。まわすときはご注意を。

白峯神宮12

白峯神宮の御朱印。

2005年訪問

最新情報は公式ページなどでご確認ください。

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