福岡県 田主丸町

福岡県 田主丸町

久留米市の田主丸町は河童の里として知られています。
町のあちらこちらで河童像や河童にちなんだものを見つけることができます。
駅で『たのしかっぱめぐりMap』というガイドマップを貰うことができるようです。
歩けばあちこちに河童の像があったり、看板にも河童の姿があったりして、
本当に河童が愛されているのだなぁと実感できます。

また田主丸では、昭和60年頃まで河童に出会った人が何人もいたとの事で、
その目撃談なども数多く残っています。

「田主丸町合併50周年記念誌 楽しく生まれる田主丸ん本」によると、ことわざの「河童の川流れ」とは、田主丸に住み着いていた河童の弥五郎河童から始まったとか。
なんでも夜遊びが過ぎて疲労困憊で我を忘れて樋の上で熟睡しているうちにお天道様が昇り、頭の皿の水がみるみる乾いてしまい、神通力も使えず川樋から巨瀬川に落ち、命を落としてしまったからだと言われているそうです。

この他にも河童切傷金軟膏や竹の子と河童の話、河童の手を切り落とした話など、河童に纏わる話がいくつも伝わっています。

8月には河童明神夏の大祭「河童まつり」も開催されるとの事。


田主丸の河童の由来には二説あり、一つは、中国大陸出身の九千坊が九千匹の家来の河童を率いて熊本県八代市の球磨川(河童渡来碑のある場所)に移り住んだが加藤清正の討伐に遭い、筑後川に逃げ込んだとする説。

もう一つは、壇ノ浦の合戦に敗れた平家一族が筑後川流域に逃れ、その怨念が化けたとする説で、平清盛の化身は巨瀬入道として祀られているそうです。
平家説の場合だと、男性は蟹に、女性が河童になったのだとか。

福岡県田主丸の河童

橋の袂などにも河童の姿が。


駅がまず河童!駅舎の二階は河童の資料館となっています。

町を歩けばいたる所に河童が。

観光案内マップすら河童!。

町の河童たち

 

 

 

 

某所にて見せていただいた河童の手のミイラ。
個人蔵なので詳細は伏せます。

 

2007年1月訪問

最新情報は公式ページなどでご確認ください。

 

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