粟野地蔵尊

粟野地蔵尊

阿武隈急行線梁川駅から約2キロ

 

『粟野地蔵尊の由来』「梁川町史12」より

弘仁年間の頃、弘法大師が奥州巡行された際に藤の名木のある「藤茶屋」という
お茶屋に立ち寄った。
この茶屋にお藤という名の美しい娘がいて、接客をしていた。
お藤は眉目秀麗な弘法大師に一目ぼれをしたが、お藤はなにも申し上げられぬまま、
大師は出立してしまわれた。
大師が恋しいお藤は、弘法大師が飲み残した茶碗のお茶を飲んだ。
すると不思議な事にお藤は身ごもって、月満ちて玉のような男の子を産んだ。
怒ったのはお藤の父親で、奥州巡行の帰りに再びこの茶屋を訪れた弘法大師に
「きずものになった娘をどうしてくれるのか、子供をどうしてくれるのか」と強くせまった。
弘法大師は事情を聞いて謝罪の言葉を述べ、子供を手のひらに乗せて呪文を唱え、
ふーっと息を吹きかけると、不思議な事に子供は泡となって消えてしまったという。
大師はその子の供養の為にと、持っていた錫杖を切り取り、四寸六分の仏像を作って
娘に渡して旅立ったという。
その地蔵を近隣の人々は泡の地蔵尊として今の地に祀った。
この「泡の地蔵」から、粟野の地名が出たと言われており、子育て・子授け地蔵として
信仰されている。
ご神体の御開帳は12年に一度、丑の年の丑の日、丑の刻に執り行われる。”

 

地元では「粟野の地蔵様」と呼ばれている地蔵尊。
最近まで、何故ここが有名なのかしりませんでした。向かい側には専用の駐車場もありました。

 

入口に建っている碑。比較的新しいようです。碑の脇には、沢山のワラジがかけてありました。

 

山門には阿吽の姿もありました。なんだかちょっとリアルな阿吽です。

左手に見えるのが、樹齢約300年のしだれ桜。
見ごろは四月頃だそうです。

 

別名「色地蔵」。地元では「スケベ地蔵」とも。
お祭りの時には女性腰巻見たさに風を吹かせるからと言われています。町の指定文化財です。例祭は春の彼岸の中日。
お祭りの日は、毎年風が吹くそうなのです。

 

今も「藤茶屋」の名残か、境内には藤棚があり、その下には休憩所が設けられています。境内には沢山のお地蔵さんが。
カナガラ(鉋で削った屑)仏と呼ばれているそうです。

 

最新情報は公式ページなどでご確認ください。

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