沢蔵司稲荷

沢蔵司稲荷

(都営地下鉄三田線春日駅より徒歩15分)

道幅のあまり広くない坂道を登っていくと、右手にこの階段が見えてきます。日差しの強い日だったのでちょっと影の色が濃いです。

階段を昇って行くと両脇に狐のレリーフがありました。

 

こちらの狐はなんだかたれ耳ぎみで可愛いです。

階段を昇りきると右手に沢蔵司稲荷の説明書きが。

一番初めに目に入ってくるお狐さま。ちょっと犬っぽい気も・・・。

 
前掛けは何故か赤いレース。何故レースなのか。そこが気になります。

手洗い場。「山吹の里」の物語を題材にした彫刻が彫られています。
口から水の出る竜の周辺にも小さなお狐さんがいたりしました。
こちらが山吹の里をモチーフにした彫刻。山吹の里といえば「荒川線で行く妖怪ツアー」でも縁の碑を周りました。
太田道灌にまつわる逸話ですね。

手洗い場の後ろにひっそりと佇んでいた旧社殿跡の祠。手前にある鳥居が素敵です。
旧社殿跡の説明書き。

 

階段を昇りきると目に飛び込んでくる慈眼院。

 

むかって右手に手洗い場や旧社殿跡などが並んでいます。
はじめは気がつかなかったのですが、上の方に白狐が対になっていました。
狐の上にある白い物はなんでしょうか?なんだか神秘的な気が。

 

水掛観音様。我々が訪れていたときにもお参りに来た方がいらっしゃいました。

   
水掛観音の脇にある子育て地蔵。後ろに旧社殿跡が見えています。

沢山あった石仏の中の一体。他は観音様やお狐さまなのに、これは一体・・・?

そして霊窟「おあな」へと続く階段の手前。


文字だけ朱色なのがとても雰囲気があります。ここから階段を下りていくのです。

 

 

”沢蔵司稲荷のお話

伝通院に沢蔵司という修行僧がいた。大変優秀な僧で、わずか3年で浄土宗の奥義を極めたという。彼の正体は実は、江戸城内の稲荷大明神であった。伝通院の住職の夢枕に立ち、「そもそも私は江戸城内の稲荷大明神である。 かねて浄土宗の勉強をしたいと思っていたところ、多年の希望をここに達した。今から元の神に返るが、永久に当山を守護し恩に報いる。」と告げた。そこで伝通院の住職は沢蔵司稲荷を境内に祭り慈眼院を別当寺とした。沢蔵司は僧の姿で伝通院門前のそば屋によくそばを食べに行った。沢蔵司が帰ると売上に必ず木の葉が混じっていていたという。”

 

慈眼院境内にある霊窟へ降りる石段の入口にまず鳥居が。
この時点でも雰囲気がありますが、この先一気に空気が変わります。
石段を降りている途中目に飛び込んできます。
鳥居をくぐっただけで、そこからまるで異界に迷い込んだかのように体感温度が変わりました。

 

 

沢山並んだ鳥居の間には、いくつかのお狐さんがいました。暗いのと苔むしているので、写真に撮るとうすぼんやりと光っているようにも見えます。


こちらが沢蔵司稲荷の霊窟。まずは鳥居を入れて撮影。
とても近づきがたい印象を受けました。

・・・蜂がいて軽く逃げ惑っての撮影だったので、ピントが微妙に合っていなくて申し訳ないです;
一番肝心な所を・・・!
鳥居をくぐっての撮影。こちらが霊窟です。


数え切れない数の狐の置物が、所狭しと備えられていました。

この辺りは、昼間でも薄暗くて不思議な雰囲気が漂う場所です。
ここが都内だと忘れそうです。

    
霊窟から右手にのびる階段を昇って行くと途中に大黒様が。そしてその近くに小さな祠も。
五重塔もありましたか、何かは分からず。


そして、さらに鳥居と石段は続きます。のぼりきると、こちらにもお稲荷さんが。

境内には、沢山の狐の中に一体だけお狸さんが!
しかも葉っぱのかげに隠れるようにいました。何故?


慈眼院を出ると、上半分が焼け焦げた榎の木が。
なんでもこの木は切ろうとすると祟られるそうで、枝一本折っただけでも祟りが
あるのだとか。
戦後にこの木を切ろうとした事があったが、死人がでたために計画中止となり今もこの木をよけて道路が走っているそうです。
一説によると沢蔵司稲荷がこの木に宿っているとかいないとか。

沢蔵司が通ったお蕎麦屋さんは、伝通院前の春日通り四つ角、向かって右側に『稲荷蕎麦萬盛総本店 萬盛』として現存しています。


お狐様が僧に化けて食べに通ったのは「はこそば」だとか。
写真は天婦羅蕎麦(写真は海老が沈んでいます)。おいしかったです。

店内のは今は商売繁盛の神として沢蔵司稲荷が祭られていました。

 

2005年訪問

最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

 

 

 

 

 

 

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