河鍋暁斎の墓と姥が池

河鍋暁斎の墓

 

幕末から明治中期にかけて活躍した日本画家河鍋暁斎。妖怪画も多く手がけ、妖怪好きとは切っても切れない人物の一人。
そんな河鍋暁斎の御墓が有ると聞いて、さっそく御墓参りに行ってまいりました。
ものすごく暑い日で、しかも寺院までの道のりは少々入り組んでいたために迷いました。
明治22年に没した河鍋暁斎は、瑞輪寺塔中正行院に葬られました。大きなお寺さんで某大物政治家の一族のお墓なんかもありました。
彫刻がすごく素敵でした。中央に龍、両脇に獅子と獏がいます。ちょっとわかりにくくてすいません。

   

寺務所で手桶をお借りして、いざ暁斎先生の御墓へ!
・・・しかしここでもまた迷いまくり。なんとなくの場所しか知らないのに、無理でした。

今一度寺務所にもどり正確な場所をうかがうと、とても分かりやすい場所にありました。
っていうか案内がありました。・・・我らの目は節穴だったようです・・・。

本堂に向かい左手の鐘楼の脇を左に入り、直進するとつきあたりに大久保主水の墓があります。
そこを右に曲がると、ちょっと下の方にところに「河鍋暁斎の墓」と朱で書かれた石柱があります。
そこを左に入ると、一番奥手に河鍋暁斎のお墓があります。

 

こちらが河鍋暁斎の御墓。


お花を供える前に写真を撮れば良かったなぁと、後で気がつきました。
そんなわけでちょっと分かりにくいかもですが、生前蛙をことのほか愛した暁斎らしく、墓石は自然石を二つ重ね、一番上の石は蛙をかたどった物だそうです。
側で見ると、確かに蛙っぽい石でした。

埼玉県の蕨の方に河鍋暁斎美術館があるそうです。子孫の方が河鍋暁斎の作品を守り、公開しているの
だとか。
まだ足を運んだことが無いので、近いうちに訪れたいなぁと思っているのです。

姥が池

河鍋暁斎の御墓参りの後に行ってきました。浅草の花川戸公園内にある姥が池。

縮小されてはいますが、池は公園の片隅に残っています。
池には鯉やら亀やらが元気に泳いでいました。
公園は親子連れで賑わい、昔の伝説の面影はありません。
幟の間を進むと、福寿稲荷大明神と刻まれた石碑があります。
これ自体は姥が池伝説とはあまり関係がなさそうですが・・。

 

 

姥が池の伝説を記した説明書き。
浅茅ヶ原の鬼女伝説です。姥が池の石碑は公園の入口付近にひっそりと鎮座。
何故かハトが群がっていました。

 

この辺りに浅茅ヶ原の一軒家が建っていたのでしょうか。
伝説の持つ陰惨さは、当たり前ですが今はもうどこにもありませんでした。

 

2005年訪問

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